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2017-01-24 (Tue)
……と言いつつも、だいぶ、遅くなってしまいましたが(汗)

昨年中は、皆さまにたくさんのご心配をおかけし
大変申し訳ありませんでした。
体調の一進一退、気分の乗りと乗らないとき、そういったものの
差が激しいことはありますが、通院と投薬と、なにより、
ご主人様が居てくださるおかげで、どうにかこうにか、生きています。

そうして翻ってみますと、ご主人様にお仕えして
4周年を迎えるまで、あとわずか18日。

Twitterのほうでは、うすらご報告していましたが
こちらでも、正式に、ご報告いたします。

 2017年2月、ご主人様と、入籍いたします。

おうちを決めたり引っ越し作業だったり
いろんなものの買い出しなどなどで慌ただしく日々を過ごし
そのうえ年末年始の超繁忙期がやってきましたので
(しかも事務方でない、現場の繁忙期ははじめてでしたので)
あわあわとなりつつも、乗り切ることができました。

入籍までひと月を切った今でも、ときどき、やっぱり、
「これが壮大なドッキリでありませんように」
と思う気持ちがどこかにあります。
夢から覚めたくない気持ちと似ているなと思います
(自分が見るのは、悪夢が、多いですが)。
家族にその話をしたところ
「もしドッキリだったら彼さんフルボッコでしょ」
「というか仕掛け人は誰なんだ」
「誰一人得しないドッキリじゃないかソレ」
と言われた年末でしたが、そのあとご主人様に同じ話をしたら

「そんなこと思ってたの? もう、あるはずないじゃないか」

と、ぎゅーをいただいて、ようやくゆるゆると実感しだした次第でした(遅い)。

ともかく新居に荷物が増え
仕事明けには新居に泊まることが多くなっていますが
まだいまひとつ実感が半分くらいかな。
先日、新居でご主人様と初めて一夜を共にしましたが(←言い方)
ああいよいよご一緒に暮らし始めたらこんな感じなのかなとも思ったり。

ともかくも今年はいろんな意味で激動の1年になりそうです。
できればちょこちょこ更新も進めていきたいですが。
まだ見てくださってる方がいらっしゃるのかどうかもわからないけれど、
自分自身の記録として。
できうる限り、つづっていきたいと思います。

今年もどうぞよろしくお願いいたします。



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2016-05-05 (Thu)

過去の話を書く前に、拍手やTwitterなどでご心配をいただきましたので……


4月、九州を、震度7の地震が襲いました。

以前から申しておりますように、みぃは九州人です。


一番最初に大揺れしたとき、わたしは離れの部屋でのんびり中でした。

警報で唸りまくる携帯電話と尋常じゃない揺れに、あわてて母屋の茶の間へ。

幸いにも家に異変は起こらず、家族も無事で、ご主人様からはすぐに

「こっちは大丈夫だからね」とのメールをいただきました。


また、「本震」と呼ばれた数日後の地震のとき、発生時間の深夜1時過ぎには

ちょうど泊まりの仕事中でした。

こんなにも、実家のことが心配になった夜はなかったと思います。

幸いにも、このときも、実家もご主人様も無事でした。


それから数週間、熊本地震と名付けられたその災害は、現在も続いています。

九州人ではあれど熊本人ではないもので、わたし自身が

大きな被害を受けることはなかったのですが、熊本には

仕事上の知り合いや友人がたくさんいます。


きょうも、お昼に何度か揺れました。

熊本、そして大分に暮らす方々も、特に、落ち着かぬ日々をお過ごしと思います。

みぃにとって大分は第2の故郷でもありますので、やはり気がかりです。


月並みではありますが、どうか1日も早く、

安寧の日々が訪れますように、祈らずにはいられません。



わたしは無事ですよ、のご連絡と、

祈りの記事でありました。


ご心配いただいた方々、ありがとうございます。




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2016-04-02 (Sat)
『ご主人様のために、いっぽいっぽ。』をご覧の皆さま、ご無沙汰しております。

みぃです。

前回記事から実に半年以上経ってしまいまして、
皆さまには大変ご心配おかけしておりました。申し訳ないことです(´・ω・`)

去年の夏ごろから、タイトル通りのことになっておりました。
いつかお話する機会があるかもしれませんが、概ね、
仕事のことや家庭のことが重くのしかかっていて、
それに加えて発達障害の傾向まで発覚したため、もう正直ガタガタの状態でありました。
実際、踊ることも、歌うことも、芝居をすることも楽しくなくなってしまい、
11月ごろからサークルもお休みさせていただいています。
いつでも復帰できるように、リーダーには便宜を図ってもらっていますが
まだ、本格的に稽古に復帰するには時間がかかりそうです。

仕事のほうは、なんとか休職もせず、3月に異動しました。
わたしの症状を重く見た上司が部署替えをしてくれたのです。
新しい部署は、いままでしていた仕事とまったく違いますし
夜の仕事になったため、この話を聞いたひとからは
「身体しんどくない?」「大変じゃないの?」と聞かれますが
もともとが夜型でもあるためか
昼の仕事よりはずっと楽だと思っております。人間も少ないし。

世間さまからはブラックと言われることが時々ある会社ですが、
こういう融通は利くのがありがたいところです。
しかし、いまの支店にいなかったら、そしてこの上司でなかったら、
きっとわたしはつぶれていたと思います。
ほんとうにひとに恵まれたと思います。

いっぽう、ご主人様はわたしを見放されず、
「大丈夫。ゆっくりやっていけばいいのだからね」とおっしゃってくださって、
現在も、おだやかにお仕えすることができております(*´`*)


Twitterにはときおり姿を見せておりましたが、
そちらをご覧でない方々には、きちんとお話ししておりませんでしたし、
ごあいさつしなければなと思いながらも、なかなか自分のブログに
ログインする気力もわかず、パソコンすら立ちあげられなかったこともあったので、
余程にひどい状態だったのだなあと思います。

仕事が変わって1ヶ月たち、すこし、安定してきました。
周りからも、顔色がよくなったとたびたび言われるようになりました。
まだまだ服薬や通院は続くと思いますが、
これから、ゆっくり、すこしずつ、取り戻していこうと思います。
放置してしまっていたコメントやブロとも申請も、書いていなかった期間の記事も。

書いていなかった期間の記事については、月日をさかのぼって書いていくつもりです。
カレンダーの月表示が飛ぶのが、なんだかシャクなので(笑)
よろしければ、そちらも、よろしくお願いいたします。

また近いうちにお目にかかりましょう。
それでは、きょうはここのところで。

仕事に行ってきます ´ω`)ノ


| ごあいさつ | COM(23) | | TB(0) | |
2015-10-22 (Thu)
普段人あたりのよい支店長でも、さすがに3枚も4枚も始末書を出せば
叱責されてもおかしくはありません。
支店長室に入るのははじめてではありませんでしたが、自分の犯したミスと
始末書のことと、いろいろとで、やっぱりその件だろうな、処分について
なんかお話があるんだろうなと、わたしはそう思って、入っていくのをすこしためらいました。

「座って」
応接用のソファーに促されて、座ります。わたしはうつむいたままでした。
「……きつそうだね」
「……まあ、はい……」
そんな会話から始まって、支店長はぽつりぽつりと話を始められました。

あなたがそうだ、と決めつけるわけではないが、障害があるのではと思っている
あなたを知るいろいろな人に聞くけれども、知識やある一定の能力は持っているのに
仕事を追いつかせることができない、ためる、まとめきれない、みな一様にそう言う
自分もこの仕事が長いから、あなたと同じような人を知っている
注意欠陥障害(ADHD)というのだけれども、一度、ネットで検索などして、
セルフチェックを受けてみたらどうだろうか
結果がわかったら教えてほしい
結果如何によっては、バックアップや病院受診も考えなければならないから

実はずいぶん前に、自分でも検索してみて、
「いやまさかな……」と思ったことはありました。
ただ、セルフチェックとか、そういうのはちゃんとしたことがありませんでしたから
勧めてくれた支店長のためにも、あと、自分で、何がどうなっているのか
知るためにも、その晩、わたしはネットで見つけたありったけの
セルフチェックを試してみました。


真っ黒でした。


えぇ……と思いつつも、翌日、チェックシートを持って、
わたしはもう一度支店長室に向かいました。

チェックシートを見た支店長も絶句していました。
ここのところ、がつがつと面談を行った上司も同席して、やはり絶句。
その場で会社の産業医に連絡を入れ、あとの対応について、指示をくださいました。

まずは、近所の精神科に相談をする。
そのうえで、もし、該当障害の専門でなかったら、専門の病院を紹介してもらう。
話はそれからだ。

とにかく専門医というか、お医者様の診断がなければどうすることもできません。
専門かどうかは定かでなかったのですが、
幸いご近所に、長く運営されている精神科がありましたから、
とにかくそこに行ってみよう、と思いました。

受診の予約を取る前だったか、とってからだったか、
ご主人様にも、この件はお話ししました。
ここのところ、眠れていない、だったり、夜中に何度も目が覚める、といった
話はしていましたから、ご主人様もわたしの不調は十分ご存知でしたが
さすがに障害があるのではというところにまではお考え及ばずだったようで
それでも
「病院にかかったら、ちゃんと結果も出るのだし、
 それから治療とか考えればいいんだよ。大丈夫だからね」
とおっしゃってくださいました。

ご主人様の「大丈夫だからね」には、いつも、こころがじんとします。
うん。
きっと大丈夫。

どきどきしながら、でも、親には話のできないまま、
受診当日を迎えるのでした。

続きます



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2015-10-01 (Thu)
本当は、この場にはふさわしくない話題なのかもしれません。
けれども、自分のなかの、おぼえがきとして。
そして、その時、自分がどう思っていたか、ご主人様はどうおっしゃったのか、
忘れないために、残しておこうと思います。

人間ドックが終わってから、すこしして、わたしは仕事で北陸へ出張にゆきました。
ほぼ一週間程度留守にするものでしたから、前日ギリギリまで、
終わらない仕事を片づけたり、引継ぎを作ったり
(結局、作りきれませんでしたが)していました。

出張先でも、電話はよくかかってきました。
「あの件がまだ終わっていないらしい。どうなってる」
「この件で問い合わせがあった。どうなってる」
そのたびに、記憶を掘り返して応対したりしましたが、なにしろ北陸と九州、
すぐさま戻るわけにもいかず、しかし毎日もやもやとしながら、
どうかきょうは電話がかかってこないでほしい、なにかまたしでかしてやしないか、
そんな気持ちで、ある意味強迫的になっていた、とは思います。

出張から戻ってくると、案の定というかなんというか、
追及のひどいことひどいこと、
そりゃあそもそもは自分が仕事をほっぽらかしたり
先延ばしにしたりしていたためですから、悪いのは全面的に自分なのですが
上司と同僚に大変叱られました。
そうして、自分のデスクの引き出しも全部総ざらいされ
(書類がとっ散らかって、何が何だか、の状態だったのです)
またあれこれと追及が進み、しまいには仕事を全部リスト化され
毎日上司に報告すること、との指示までされました。
(これは結局、1ヶ月とすこしで立ち消えになりました)
また、自分が事務畑の人間であったにもかかわらず、
手続き遅れでほかの社員に迷惑をかけてしまって、
このころだけで始末書は総計3枚か4枚くらい書いたと思います。

その間にも上司との面談、というか、叱責アンド話し合いは続いていました。
内容としてはおおむね
「なぜできない」
「なぜ先延ばす」
「以前の支店でも同じようなことをしていたと聞いた。
 業務知識はそれなりにあるのになぜ」
といったような感じでした。
なぜと言われても、自分ではうまく答えられません。
確かに、上司の言う通り、10年も同じ仕事をしてきていますから
知識だけは無駄にある状態ですし、資料の検索能力だけは他に誇れるレベルでした。
けれども、いざ、自分の仕事となると、引き出しの中はぐちゃぐちゃだし
締め切りの迫っている仕事に限って先延ばしにしようとするし
(実際何件もそれで督促まみれになっているし)
しかも報告は決裁をとらないで先にやってしまうなどなどなどなど
わたしが上司でも「いやお前何やってんの?」と言いたくなるレベルだと思います。

何枚目かの始末書を提出したあとのある日、わたしは支店長室に呼ばれました。

続きます



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